大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和35年(オ)1373号 判決 1963年6月04日

上告人 田中正勝(仮名)

被上告人 田中キヨミ(仮名)

主文

原判決を破棄し、本件を福岡高等裁判所に差戻す。

理由

上告代理人豊沢秀行の上告理由第一点乃至第三点について。

上告人は、本訴において、被上告人が上告人を悪意で遺棄したこと及び被上告人に不貞行為があつたこと(単なる不貞行為の域を越えたものとも主張している)を理由として、被上告人に対して離婚を求めていることは記録に徴し明白である。

そして、原判決は、被上告人は、嘗つて特殊飲食店に働いていて、同人の許に四年来遊びに来ていた上告人と昭和二八年九月婚姻をしたこと、上告人は、被上告人と婚姻した後日が経つにつれて、飲酒して帰宅が遅れたり、はては一ヵ月のうち三、四日は帰宅しないことがあるようになり、次第にその度を増してゆき、夫婦の間に口論が絶えず、夫婦仲が漸次冷たくなつていつたこと、昭和三一年二月夫婦間に長男が出生した頃から上告人の外泊は更に頻繁となり、しかも上告人は被上告人に満足な生活費を支給せず、ために、被上告人は、僅かな手持衣料品を入質したり、近隣から日常の支払に充てるための金借をしたりして、糊口をしのいでいたこと、被上告人から媒酌人に、上告人が必要な生活費を支給するよう、頼んで貰つたが、その効果がなかつたこと、被上告人は、右のようにその日の生活にも事欠く状況であつたので、将来の生活について相談するため、上告人の外泊不在中着のみ着のままで長男を連れて実家に帰つたこと、被上告人は、上告人と別れる積りで実家に帰つたわけではなかつたけれども、前記のように近隣に不義理をしている関係から上告人の許に帰えることができず、さりとて、行商で細々生活している老母の許で無為に過ごすこともできなかつたので、自己と長男の生活を支えるため、飲食店、焼鳥屋、夜店の飲み屋、バー等を転々としたが、収入が少ないため、異性と情交関係を持つたり、街頭に立つたりして、生活費を補つていたこと、被上告人はその間昭和三四年四月頃父親不明の子を分娩したこと等の事実を認定した上で、被上告人が右のような不貞行為を行うに至つたことの原因と責任の大部分は上告人に在るとの理由から、被上告人の不貞行為を原因とする上告人の本訴離婚の請求を排斥している。

ところで、民法所定の離婚原因たる事由があり、婚姻関係が破綻したと認められる場合においても、その破綻についてもつぱら又は主として責任のある当事者は、自らその事由を理由に離婚の請求をすることをえないものと解するのを相当とするところ、本件につきこれをみるに、被上告人が原審認定のごとき事情の下に、長男を連れて実家に帰つたまま、上告人の許に帰ることができず、しかも、自己と長男の生活を支えるため、飲食店等を転々し、街頭に立つて生活費を補う等のことをしなければならなくなつたことは、まことに同情を禁じえないものがあり、そのようになつたことについては、夫たる上告人に相当の責任があることはこれを認めなければならないが、およそ、妻の身分のある者が、収入をうるための手段として、夫の意思に反して他の異性と情交関係を持ち、あまつさえ父親不明の子を分娩するがごときことの許されないのはもちろん、被上告人と同様、子供を抱えて生活苦にあえいでいる世の多くの女性が、生活費をうるためにそれまでのことをすることが通常のことであり、またやむをえないことであるとは、とうてい考えられないのである。しからば、事ここに至つたことについては、婚姻関係の維持のためかくべつの努力を払つたことも窺われず、ことに被上告人の前歴を知つている上告人としても、その責任は決して軽くないが、他に特段の事情が認められないかぎり、上告人に、もつぱら又は主としてその責任があるものと断定することは困難である。したがつて、右のごとき事情の下においては、上告人に対し婚姻の継続を強いることは相当でなく、婚姻の解消により被上告人のこうむる不利益の救済は、被上告人が上告人に対し財産分与の請求をすることができるかどうかの問題として、別途、考慮すれば足りるものと考えられる。

従つて、原判決が、被上告人の不貞行為を認定しながら、他に首肯するに足りる特段の事情の存在を審理判断することなく、たやすく上告人の本訴離婚の請求を排斥しているのは、結局、審理不尽、理由不備の違法を犯すものといわざるをえず、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて、民訴四〇七条第一項に従い、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 石坂修一 裁判官 五鬼上堅磐)

上告代理人豊沢秀行の上告理由

第一点 原判決は民法第七七〇条の解釈を誤つた違法あり、且最高裁判所の判例と相反する判断をなしている。

一、原判決は被上告人に有責的離婚原因である民法第七七〇条第一項一号の不貞行為(実は売淫)の事実を認めながら、上告人に被上告人の別居家出につき原因と責任の大半があるとして、被上告人の不貞行為等を理由として被上告人に対し離婚を求めることはできないと解するを相当とするとして上告人の離婚請求権を否定している。

二、元来「有責配偶者の離婚請求権の否定」という見解乃至理論は民法第七七〇条の倫理的、裁判法的規制の目的に出たものである、即ち民法第七七〇条のうち第一項第一号乃至第四号については同第二項に於て離婚請求権の消滅、つまり将来に於て婚姻関係の円滑なる回復が予想されうる場合に、既に発生した離婚請求権を消滅させる規定厳存し、これにより叙上の各離婚原因を形式化することから避けて人倫的に具体的に弾力性を以て規制出来るに不拘、他方同法第一項第五号の離婚原因については同法同条第二項の適用なく立法的に倫理的、弾力的規制の手段がない関係上之を裁判上是正する必要から構成された一連の判例の理論、即ち一種の判例法であると思料される。

三、亦右の見解をとる一連の最高裁判所の諸判例即ち最判昭二七・二・一九民集六、一一、二〇、最判昭二九・一二・一四民集八、一二、三四三、最判昭二九・一一・五民集八、一一、二〇三三、は所謂離婚請求権否定の理論の場を何れも民法第七七〇条第一項第五号の離婚原因に限定している事は前記二所定の理由によるとしか考えられないし、又現実にも第五号の離婚原因以外にまで拡張して適用された例を知らない。

四、叙上の判例理論は伝家の宝刀に比すべきいわば双刃の剣である、之が濫用は裁判所の立法に対する不当なる干渉となる危険を内に蔵する理論である、従つて既に第二項の適用される第一乃至第四号の離婚原因につき二重に倫理的規制をなすことは前記判例法の濫用である。

五、本件に付きみるに上告人訴状請求原因第六項に明記する如く第一、二号の離婚原因を主張するものであり、叙上の見地より被上告人の不貞売淫の行為を以て離婚原因と主張する本事案に付きその上告人の離婚請求権を否定する原判決は結局民法第七七〇条の解釈並に最高裁判例(前記)の解釈を誤つた違法があることに帰着し破毀を免れないと思料する。

第二点 原判決は実験則を無視し審理不尽の結果民法第七七〇条に違反し且最高裁判所の判例と相反する判断をなしたものである。

一、原判決は上告人を以て有責配偶者であると認定し被上告人はその責任について上告人に比し軽いものとなして前記上告人の離婚請求権を否定している。

二、しかし、一体上告人の責任は何れの点にあるというのか原判決では不明である。何となれば上告人は本件婚姻の破綻についての責任は、被上告人の家出即ち無断別居=同居義務違反=の原因についての責任の有無に関するものである事一件記録に明らかなところである。

一方被上告人の責任は一つには家出、即ち同居義務違反の事実と家出後売淫、即ち不貞行為を継続反復して生活したこと及び不倫の子を分娩した事実である。

更に精しく個々の事実につき当事者の夫々の責任を負うべき事実を検討するに

(1) 上告人の責を負うと見られる事実は

(イ) 被上告人の濫費癖に困り(具体的には近所から借金したり、入質したりして金策し飲食、賭事に使う)日常経費を切りつめさせたこと。

(ロ) 上告人が仕事の都合上月に数回事務所に外泊したり、交際上多少飲酒して夜遅く帰宅していたこと。

の二事につきる。

(2) 之に反し被上告人の行動は

(イ) 我儘が出来ないので実家に無断で帰り結局家出別居して上告人との同居を拒否したこと。

(ロ) 上告人の再三の懇願に不拘理由なく帰宅を拒否し上告人の調停申立(長崎家庭裁判所佐世保支部昭和三二年(家イ)第二六号同居請求調停申立事件)にも条件を持出して之を拒否したこと。

(ハ) 別居中愛人をもつたのみか、売淫を業とし殊に本訴訟中にも之を敢てするの不貞行為をなし続けて来たこと。

(ニ) 本訴訟中愛人の子を分娩したこと。

以上である。

三、要するに上告人は幾分婚姻生活の破綻=別居=に責を負うとするも必しも被上告人の家出を要する程度のものでもなく、仮に別居に幾分責を負うとするもその限りに於てである。

しかも上告人は別居中も再三同居を求めて被上告人方を訊ね、又はその兄に頼み又は同居の調停の申立をなして之が帰宅を待つていたに不拘、更に上告人は被上告人に別居中も食費を渡していた(被上告人は後に之を受取るのを拒絶した)に不拘被上告人は同居せず、又必要な金の受取りを拒絶したものであり、寧ろ被上告人の家出は別の目的によりなされていたものである。

決して原判決の認定の如くどん底生活をしていたのではない、従つて生活苦より売淫したのではなく=何となれば上告人よりの生活費の受取りを拒否し同居生活も拒否しているから=愛人あり、又楽をしたいためなしたものである。

四、原判決は右上告人の責任を被上告人の責任より決定的に大なるものありとなす。その非常識な判断は論をまたず、又上告人の行動が、如何にして論理上被上告人の売淫なる反社会的行動不倫児の分娩という反倫理的事実につき責を負わねばならないとなすか吾人の良識の範疇を越えるものがある畢竟するに原判決は実験則を無視し審理不尽のそしりを免れない。

五、最判昭三〇・一一・二四民集九、一二、一八二七の判決によると、離婚請求権は有責の程度により即ち相手方の落度が申立人のそれより大なる場合は之を認容している。

又前示第一点所定の各最高裁判所の判例も離婚請求権の否定すべき場合は、離婚原因が請求者の一方のみの非行により惹起されたものであり且之を離婚原因とする場合に限つている。

本件は家出=同居義務違反を離婚原因とするに非ず更に不貞というよりは売淫という刑事法令違反の行動及び戸籍上無籍者を分娩するという背徳的、反人倫的行為を離婚原因とするものであり、且その何れを以て責任の大なりや論をまたず原判決は判例に相反する判断をなし刑事犯を保護し正常なる婚姻の性秩序を破壊する不倫を容認するの暴を敢てした違法あり破毀を免れない。

第三点 原判決は民法第七七〇条第二項の解釈を誤り実験則に反する判断をなした違法がある。

一、前示第二点に於て述べた如く被上告人は売淫という反社会的行動を反覆しあまつさえ本訴係属中不倫児を分娩するという婚姻の正常なる性秩序を乱す反論的事実を眼前にして尚上告人に被上告人を宥恕し、元の正常なる婚姻生活への回復が期待出来るか否か、凡そ常識人なれば考える迄もなく自明の理である之に対し原判決は尚第一審判決をそのまま引用してその可能性ありとなすは没倫理的、非論理的、無責任極まる判断で実験則経験則に違反する事勿論であり、その論理は反社会的な売淫の容認と反倫理的な家庭秩序破壊をもたらすものである。

二、しかも本件については被上告人がその不貞売淫につき人間生存のデッドラインにある等の責任阻却事由のないことは前述の如く、真面目な生活を求めれば上告人の所へ帰り来ればよかつたものであり、さうでなくとも売淫以外の生活手段がなかつたという証明はない。

この点慢然と看過してなした原判決は経験法則を無視し審理不尽の違法あり破毀を免れないと思料する。

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